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遠野での出会い−1992[その4]
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この文章は、1992年春に私が遠野方面を旅したときの記録です。
このページでは、旅先での出来事を小話タッチでまとめて構成しています。
なお、原文が1992年当時に書かれたため、記載内容が現状と異なる点がございますのでご了承ください。
また、遠野地域についての詳細は、遠野市統合サイトをご参照下さい。

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4・1992年3月29日-2
〜山小屋の風景〜

 修理してもらえる眼鏡店を聞くため、いったんYHに戻ってペアレントに聞く。駅前にあるという情報を聞く。
 T氏が15時過ぎの急行に乗って東京に帰るという。YHに置いてあった荷物を持って玄関先で相談している。

「このままTさんが自転車で駅まで行ったら帰りはどうなるの。誰かが自転車を引いて帰らなきゃならなくなるよ」
「じゃ、うちらは自転車で先に『山小屋』に行くから、Tさん、後ろからタクシーで追いかけてくれる?」

 U氏はT氏に『山小屋』の所在と電話番号を書いたメモを渡した。『山小屋』はU氏が強く薦めるお店だという。
「先に行ってるね」
 U氏、I氏、そして私は再び自転車のペダルをこぎ始めた。行く先は『山小屋』。自転車は下り坂と登り坂を抜けて市内に入る。市内までは27分。

喫茶「山小屋」  『山小屋』は東館町、遠野市役所前にある。
 「『山小屋』の名前と建物が考えていたよりもかなり違うような…なにか丸太でできている建物かと思った」
建物を見て私は感じた。
 『山小屋』はスチール製の波板で外壁が覆われていた。

 私たちが『山小屋』に着いてからわずか2分後、T氏の乗った遠野交通タクシーが到着すると、3人揃って店のドアをくぐる。
 中に入ってみると、外壁から抱いた印象とは異なる雰囲気が漂っていた。壁にかかった水彩画や油絵、天井を回るファン、灰皿の中に敷いてあるコーヒー殻…。こじゃれた喫茶店だった。

 この店ではハンバーグステーキをおすすめ品にしている。ソースに特徴があり、U氏はホワイトソースを、I氏はトマトソースを注文した。ちなみにT氏と私はカレーライスを注文したが、聞くところによると、『山小屋』のカレーライスの「山盛」は「洗面器大の」皿に盛られるという。さすがに私は注文しなかったが、その洗面器とやらを一度は見てみたいと思った。

 運ばれたカレーライスを一口。はじめは「少し甘いかな」と思うが、しだいに辛さが増してくる。しかしその辛さは舌を執拗に攻撃するものではなく、次の「もう一口」を求めてくる辛さだ。自転車で走り回って空腹だったことと、あまりのうまさに併せて一気に皿を空けた。

 私が食べ終わった10数分後、ようやくハンバーグステーキが運ばれた。U氏からひと切れ拝借すると、これもまた何ともいえずうまい。肉汁が口中に広がる。

 初めて行った『山小屋』がとても気に入った。今度遠野へ行くときにまた寄ってみたい。そのときはハンバーグステーキを頼んでみようかと思う。それとも「洗面器大の山盛カレーライス」に挑戦してみようか。その前に私の胃と相談だ。

〜卯子酉神社の風景〜

 「食後の運動」も兼ねて、再び自転車をすべらせること約15分、未舗装の小道を曲がった先にある卯子酉神社(うねどりじんじゃ)へ赴く。
 卯子酉神社は柳田国男の『遠野物語』によると、ある女性がこの神社に参詣した時、赤い布切れを左手のみで片葉の葦に結ぶと女性は素敵な男性に結ばれた、という伝説があるところから、その縁を私にも、と遠野を訪れる女性が寄るのだという。

 伝説といっても嘘ではなく、この神社のおかげで良縁を結んだという情報も多々あるという。
 卯子酉神社は樹齢の高い杉の木に囲まれている。決して広くはない境内だが、木造のくたびれた社には、柱やしめ縄、杉の木と至るところに赤い布切れが結ばれている。

 その中に、青い布が結んである木があった。
 これは、かの遠野YHの仕業で、「男性が青い布を右手で結ぶと、その男性の好きな男性と結ばれる」という話を観光案内で流したことが発端だという。過去に3人の男性が青い布を結んだというが、行く末はわからないそうだ。

 赤い布切れをT氏は杉の木の枝に、I氏は社の格子戸に結んだ。
 片手で布を結ぶという行為は簡単そうに思える、実際やってみるとかなり苦戦したそうだ。手指を駆使し、なぜか体を斜めにひねらせる。大変でも良縁に結ばれることを信じて必死に赤い布を結び付ける。ついにI氏は片手で結び付けたうえにちょう結びを施した。
 女性の「執念」というものにはじめて気づいた昼下がりだった。

 境内には結びつけたはずの赤い布が、哀しいことに杉の木から地面に落ちて色褪せている風景を見た。この布を結びつけた人の現在を考えると夜も眠れなくなる。
 ちなみに『遠野物語』では赤い布を結ぶのは片葉の葦と書いてある。しめ縄に結び付けたり、社の格子戸に定期券をはりつけるとは書いていない。

〜見送りの風景〜

 金勢様、廃校、山小屋、卯子酉様を共に歩いたT氏が東京への帰り道につこうとしている。
 遠野駅。15時37分発の急行「陸中6号」の到着が迫り、待合室で一日を振り返って話が弾んでいるがU氏の姿がない。確かに駅に向かう時には姿があったのだが…。

 所在が気になっていたところ、U氏の姿が見えた。小箱を手にしていた。
 「これ、洋梨のケーキ。帰りの列車の中で食べてって」
と箱の中を見せて渡した。味に評判のある駅前のケーキ店、「ミッシェル」謹製、洋梨のケーキだった。

 T氏はとても感激していて、表情を隠さずにはいられなかった。
 「陸中6号」がエンジンを響かせてホームに入ってきた。私達は石でできた改札口に身を乗り出した。構内のアナウンスとともにドアーがゆっくりと閉まる。その瞬間、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。T氏を乗せた列車はけたたましいエンジン音を構内に残して遠野を離れていった。

 YHを通じて知り合ったひとりの旅人が去っていった。

〜酒盛の風景〜

 先日U氏が持ち込んだ酒の封をこの夜に開けた。

 YHではアルコールは禁止されているが、最近規則が変わって少々のアルコールなら飲めるようになった。
 21時のティータイム、今日の話が飛ぶ。神奈川から来た高校3年のK氏は、私と1歳年上なのだが、妙に大人チックな雰囲気を漂わせていて、周囲の同宿者をあっと言わせていた。

 夜も更けた23時。ヘルパーが持ってきた湯呑みとともに『活性原酒 雪っ子』、『遠野物語・生吟醸』の緑の五合瓶が瓶の外に露をつけて姿をあらわした。冷えている証拠だ。昨日U氏がこの瓶を見せて、「強度のアルコールはねえ」とペアレントに言われ、客の少ない日に出して下さい、と言われた曰くつきの五合瓶である。

 これからはミニ利き酒大会だ。まずは、『活性原酒 雪っ子』が湯呑みにとくとくと注がれる。『雪っ子』は濁り酒でアルコール度は20.3度。この酒を買ってきたU氏への感謝を込めて乾杯後、地酒の味を嗜む。この濁り酒、飲み口は甘いが、アルコールの高さのためか舌と喉に響きわたり、それが持続する。
 「吐くまでは飲まないように」とペアレントがすかさず言った。

 数分もせずI氏とK氏の顔面が桜色と化す。続いて『遠野物語』が注がれる。
 吟醸酒だけあって口当りがよい。先程の濁り酒と比べてこちらの方が結構いけそうな気がすると生意気にも言ってみる。コンソメ味のカルビーポテトチップスをつまみ、グリコプリッツ(サラダ味)を片手に湯呑みを口に運ぶ。こうしたおつまみで酒を飲むとアルコールのまわりが非常に早くなることを、当時の私は知る由もない。

 京都からきた同宿者氏が酒に結構強く、濁りの瓶に何度も手を掛けた。こうして『雪っ子』は30分ほどで底が見えてきた。飲みながらK氏が居酒屋でアルバイトをしていると話していたが、ついでにバイト先の居酒屋で飲んでいるのではないかと周囲から詰問されている。私も『遠野物語』を手酌している。I氏が首の周りにしっしんが出始めてかゆくなったところで酒の瓶は底をついた。
 この日も話が尽きず午前1時半まで夜更かしをしていた。同宿の人たちが明日の朝起きられるかと心配だったが、自分だけはしっかり起きられると思っていた。
 今を思えば、やはり若かった。


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