残暑のまだ厳しい9月中旬の福島県会津地方。車体の側面に「BANETSU LINE 455」と書かれた急行形交直流両用電車455系「快速ばんだい号」で喜多方のホームに降り立った。
喜多方は蔵の街、ラーメンの街として全国的にも知られているが、駅を降り立つと派手派手しい観光地という感じもなく、地方都市の郊外によくありがちな町並みである。だがこのような場所こそ、数多くのホーロー看板に出会うことができる。
過去に旅した街を思い返すと、観光地を前提として地域開発をする街にはホーロー看板をはじめとする野外広告を見かけることは少ない。
景観を一つのイメージに統一させる傾向があるために野外広告の設置基準が厳しく、ホーロー看板や薄形トタン看板などは条例や規則、細則などにより規制されてしまう。全国からいろいろな観光客が来るのだからあまり雑然とした姿は見せられないと考える都市計画関係諸氏もいるようだが、個人的にはこのような整然とした街には生活感が漂ってこなく、訪れても印象に残らない。
生活感が漂ってくる町というのは、どこか雑然としていて(これをカオス的というのだろうが)、それでいて活気が伝わってくる。訪れても面白い。もちろん看板類も多数生息している。人が多く行き来する場所に野外広告が設置されるのだから当然といえば当然なのだが、看板が多くある町というのはやはり活気があって面白い。
喜多方は蔵作りの民家が建ち並ぶものの、観光客に媚びた開発をしていないのがいい。洋品店、自転車店、金物店、味噌醤油販売店などが並んでいる国道459号線を歩いているだけでも楽しいが、昼間から酒蔵で利き酒をしたり、さっぱりとして澄んだ醤油スープのラーメンをすすって旅を満喫する。食後、再び459号線を歩いて目にしたのがこの金物店。屋根瓦、土壁の造りもさることながら、建物の脇にさりげなく並んでいるホーロー看板に注目。
影になっている部分があり恐縮だが、右から順に月星印トタン板、マルエス亜鉛鉄板、川鉄トタン板のホーロー看板である。金物店ゆえのラインナップだ。
月星トタンは日新製鋼の亜鉛鉄板の商標名で建築材料分野でシェアが高い。現在では「月星カラー」と称するカラートタン板が主力である。以前ならばトタン板は亜鉛引きが中心であったが、近頃亜鉛とアルミニウムの合金を引いて軽量化と耐久性を向上させているのだという。
マルエスは新日鉄(旧八幡製鉄)が製造する亜鉛鉄板の商標名、川鉄トタンはその名の通り川崎製鉄の商標名である。腐食もなく、保存状態がいいのは、軒下で風雨に当たることが少ないこともあるが、金物店にサビ付いた看板を置くのはイメージダウンになるため、こっそりメンテナンスしていたとも考えられる。
金物店からさらに喜多方駅方面に歩くと、建築設備材料店を目にする。倉庫兼店舗の屋内に2枚のホーロー看板を発見する。
月星カラーは先ほど述べたとおりだ。強い日光と風雨にさらされるトタン屋根は定期的に塗装しないと錆ついてしまうのだが、「ペンキのいらない」ならば塗装を気にする必要もないということである。
注目すべきは、これらの看板はトタン板を広告しているのにもかかわらず、看板の材質はホーローであるという点だ。むかし、東北本線与野駅構内に「ステンレスもカラーの時代」という日新製鋼の看板が立っていたのを覚えているが、看板に使われていた材質はカラーステンレスであったと考えられる。材質を材質で広告するのはかなり後になってからの話で、広告看板用にはもっぱらホーロー引き鉄板が用いられていたようだ。けれどもその地位がトタン板に譲られるとは考えてもみなかったのではないか。「時代とテクノロジーの変化は看板にも及んだ」とtotanあり。で述べたが、まさにその変遷をこれらの看板にみることができる。
ちなみに、となりのエハラポンプはポンプ機器の大メーカー、荏原製作所の主力商品である。面白いのは、社名ロゴが「ebara」となっているにもかかわらず、「エハラポンプ」と「ハ」に濁点が付いていない点にある。
取材・調査・撮影1999.9