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生活・漂う風景 / 97.05.25開設 00.5改 02.10移転 ![]() ![]() |
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生活・漂う風景 The Landscape of Floating Daily Life
1990年初期に執筆した未公開の作品。このホームページのプロトタイプともいえるもので す。電波鉄塔、貨物線、再開発地を追う。 ナニッ、この線路 十条製紙引込線の風景 東京都北区。JR京浜東北線東十条駅前、十条商店街をフラッと歩いている。食堂、スーパー等がならぶ結構客の多い商店街である商店街をすぎると、明治通りに出る。ここを右折してまだ歩く。すると大きな高層住宅が見える。王子第五団地である。団地敷地に進入する。ここからは区内地図か建設省国土地理院の地形図が必要である。 地図を見ると団地の下の部分に、細い線がみえる。地図の凡例を見ると、「引込線」とある。ここがその線路である。線路の行き止まりは十条製紙の倉庫。茶色の貨車が八台連なって止まっている。向こうの線路には黄色い「日本通運」の小型ディーゼル機関車が止まっている。 工場の周囲はフェンスが張ってあるので立ち入ることは出来ないから、フェンスを沿って歩くことにする。道路の脇には桜並木があり、春には大変綺麗なことと思われる。但し夏はどうなるのか。毛虫なんかがウジャウジャいたら…と思う。工場の終わりに踏切があって、ここから線路の正面図を見ることができる。鉄の門が線路を塞いでいる。列車が通るとき、この門が開くのだろう。 それでは列車の来ないことだし、線路を歩いてみるとするか。木の枕木、鉄錆で赤々している砂利、細い線路、懐かしのローカル線なんて言う風景である。雑草もかなり生えている。廃止されてもうこない、と言う感じさえ伺える。果たして列車が来ているのだろうかと思う。しかし、王子駅に一日中いれば分かるが、京浜東北線の、東京寄りの線路のところの向こうに、錆びている線路が見える。これが十条製紙まで続いている。一日に一〜二本赤いDE11形ディーゼル機関車に引かれた貨車を見ることができる。国鉄時代の「鉄道線路図(交通日本社発行)」にはその倉庫を「北王子」と言う駅名でかかれている。王子駅から一・二キロの貨物線、一度行ってみてはいかがだろうか。都会で一時だけローカル気分に浸れる場所である。 なお、王子、赤羽、十条、板橋の近辺は旧陸軍の兵器廠があり、資材を運搬する軍用鉄道が敷設されていた。今でもその跡をうかがえる箇所があり、廃線散歩ファンに広く知られている。 公園地下の怪 北浦和公園の風景 最近では公園の地下を有効利用しているところがある。東京、新宿の某公園などは地下に東京電力の変電所があるし、電話線、電力ケーブルが通っているのは日常茶飯事。 さて話は埼玉の公園。JR京浜東北線、北浦和駅前に比較的大きな公園がある。名称は北浦和公園。ここには埼玉近代美術館があるので客も多い。この公園を隅から隅まで歩いてみると小高い丘(この表現は誇大かもしれない)があるのに気付く。ここにずっと座ってみよう。たまの休日、ビニールシートを敷いて弁当を食べるというのも風流である。 座っていると下からなにか振動が感じられると思う。一時間に二〜三回位。一瞬、地震と思う人も多いのではないかと思う。私もこのような振動があるというのを何度も聞いたことがあったので、また地図上調査をしてみようと思う。 東京・埼玉県区分市街地図帳(昭文社刊)の「浦和市・与野市」を引いてみよう。まずは武蔵野線を探してみる。すると、武蔵浦和−西浦和間に三角形の形の線路図が見える。そこには「貨物線」書かれている。(ここも武蔵野線の一部)それを指でたどってみよう。トンネルに入るのが分かる。そして与野の手前で地上に出る。トンネルは地下にあるので公園の下を通る。そこが丘の所なのだ。 地震の原因は貨物列車であった。住宅街の真ん中や起伏の激しい浦和の台地に線路を通すためにトンネル化されたのだが、地表からあまり深い所に掘っていないことがわかる。関連する話題として、昭和40年代、現在の南浦和−武蔵浦和間にあるトンネル(白幡トンネル)を建設中、陥没事故が発生し、地上にある小学校校舎が真ん中から沈んだという事件があった。ちなみに授業中であったらしい(*)。
* 白幡トンネル陥没事故
当時の小学生が書いた作文によると、1969年11月7日の昼前(4時間目終了直後)に発生し、南浦和小学校(当時浦和市白幡)の木造瓦ぶき校舎が中央部分から逆への字に崩壊した。崩壊部分には1年生の教室があり、児童にけがはなかったが、教師1人が負傷したという。 広大な敷地の塔 川口のNHK放送塔の風景
産業道路を通り、小道へ入る。ここが前川町。まだ先へ行く。もうそろそろ窓から見えるだろう。赤と白の鉄塔が。それでは「学校前」で下車する。下車したら停留所前に古い建物があるのが見える。ここが昭和12年に開設されたNHK川口放送所である。ここには放送電波を送信する機械などが置かれている。それでは、鉄塔のある方に向かって歩く。 目の前には広大な敷地。その真ん中にドーンと高い放送塔。塔には支持するためのワイヤー(ステー)が4方向に向かって延びている。ここに一人でいると、非常に変な気持ちになって、恐怖感が自分を襲う。先程の建物の側にも広い敷地があり、比較的小型のカーテンアンテナがある。そのアンテナの向こうを見るとコンクリート製の土台が遺跡のごとく四角に並んでいる。さて、これは何だろうか。 また、資料の出現になる。近所の図書館に、埼玉の航空写真集があるので川口付近を見る。なお、この本は昭和59年の発行である。あったあった、放送塔が。しかし、今の形とは違う。支持するワイヤーもないし、塔ももう少し太い。それよりも、場所が今の位置よりもずれている。そう、その遺跡のようなコンクリートの所にある。正体は鉄塔の土台だった。 NHK川口放送所は、関東一円にNHK第一放送の電波を送信する目的で建設された(第2放送は鳩ヶ谷放送所)。この土台には高さ312メートルの鉄塔が空へと延びていた。高さ333メートルの東京タワーが作られるまでは日本一の高さを誇る電波塔だった。が、現在では埼玉県菖蒲町の放送所に機能を移転したため、300メートル鉄塔は解体され、代わりに100メートル級の鉄塔が建てられている。 しかし、この放送所、近々なくなるという噂が出ている。県の計画する「ビジネスパーク構想」がそれである。それよりもこの塔自体、もう送信していないという説もある。鳩ヶ谷市にあったNHKラジオ第2放送の放送所も菖蒲町に移転している。東北線の下り列車に乗って新白岡付近左側に見える。 ●追記 広大な敷地の塔2 NHK平野原放送所の風景
JR浦和駅を降りてバス乗り場から「大久保浄水場」行きに乗る。そして「道場(どうじょう)」で下車する。ここから徒歩10分。田んぼの中にドドーンと立つ赤白の塔。これがNHK平野原放送所である。 それではもう少し近づいてみよう。目の前にすればこの大きさというものが堪能できると思う。晴れの日、ここへ来て、塔の先をずっと見上げてみよう。自分が動いているような気分にさせてくれる。ここも一人でいくと、恐怖感がそそられる。このまま土台から炎が出てロケットとして打ち上げられそうな形状をしている。またまた近づくと、案内板がある。 「NHK平野原放送所 この塔はFM放送の電波を埼玉県全域に送っております」まだある。「テレビ埼玉浦和放送所 この塔はテレビ埼玉の電波を埼玉県全域に送っております。無人で自動操作されており、時々の点検により……(一部要約)」と書かれてあって、各放送の周波数が載っている。またアンテナの高さまで記入され、NHKは約150メートル、テレビ埼玉は約170メートル地点に送信部分がある(最長部までの高さは約173メートル)。根元にはハッチ(扉)があり、上部まで登ることができるようだ。 最近では、FM埼玉(FM NACK5「ナックファイブ」・この名称は周波数79.5MHzのもじりである)もこの送信塔から電波が送られている。ここでFMを聞くと非常に澄んだ音が楽しめるかもしれない。東京タワー(日本電波塔)から発信していると思っていたのだが…。 それにしても、この様な高い塔があると雷のときはいい避雷針になるだろうなぁ、と思いつつ、人を寄せつけない何かがあるように感じる。ずっと上を向いてアンテナ部分を見ていたら脳貧血を起こしそうになった。 ●追記 2000年5月現在の平野原放送所の画像をSMILin' the Tripに掲載しています。こちらも併せてご覧ください。 ●もっと放送鉄塔を知りたい方に ◆横河ブリッジのページ |
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