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未完の遠野紀行−1991[その7]
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 これは、1991年春に遠野方面を旅した際の出来事を帰着後記録したものである。幾分10年近く前の記録なので、現在の様子と異なることや、文章に多少のミスがある部分については加筆訂正、もしくは付記にて補足を加えた。

7・遠野を巡る-3
〜カッパ淵〜

カッパ淵  廃校舎から続く下り坂を勢いをつけて一気に降りていく。ブレーキは一切掛けない。平坦な道に出て初めてペダルを踏み続ける。
 伝承園の手前、早地峰山古道跡の木製の鳥居近くで国道を離れる。常堅寺『カッパ淵』へ向かった。

 サイクリング用に自転車の駐車場があるのだが、ちょっと遠いので、境内の玉砂利の上で鍵を抜いた。寺には高い木で囲まれ、少し薄暗い。門を入ってすぐ左に『カッパこま犬』が見える。その名の通り、普通のこま犬ではなく、頭に皿が付いた河童そのものなのである。雨が降ればこの皿に水がしたたるのであろう。

 カッパ淵を覗くには寺の境内にいったん入る。丸太の橋を過ぎると針葉樹が生い茂った薄暗い淵に出る。ここがカッパ淵である。
 この淵に流れる川は足洗川で、盆地の西部を流れる猿ヶ石川の支流である。流れは少し速い。川の中に手を入れるとかなり冷たく、数10秒くらいで手が真っ赤になってしまった。

 川のすぐそばには陶器製のカッパが2体置いてあり、そこには河童が祭ってあるお堂が見える。中には供え物として、くす玉や比較的新しそうな饅頭や果物が賽銭箱の下に置いてあった。その部分には100枚綴りのコクヨ・キャンパスノートとボールペンが置いてあって、好きなことが書ける。ちょっと覗いたが、イラストあり、紀行文ありで見ていて飽きない。昼下がりにでも来て、このせせらぎの音を聞きながら、落書き帳をめくるのもなかなか乙なものである。

 運がよければ、「カッパ淵の主」なるお爺さんに出会うことができるという。阿部与一さんという方で、テレビにもよく出演しているそうだ。私はまだ会ったことがないので、もしも会えたなら(何かの歌詞みたいだな)いろいろと話を聞いてみたいものだ。

〜伝承園探訪〜

伝承園  さて、昼も近づき腹が空いてきた。ここで食事としようと思い、近所の伝承園内の食事処に入る。

 この伝承園は、遠野地区の伝統的な農家が再現してある。食事処はある農家の穀物蔵を移築したもので、天井が非常に高い。畳の座敷が大半を占め、奥の方には囲炉裏が2基ある。囲炉裏にはちゃんと火も付いて暖かい。囲炉裏の鍋を吊るす自在鉤の上にある魚の熏製は本物で、生臭さが残っていた。本物だが一応飾りだそうで、食べることはできない。

 お茶はセルフサービス。給茶器から出る暖かい麦茶をすすりながら先程の囲炉裏の席に着く。隣の囲炉裏では団体さんが、笑い声を高く上げて話している。
 私はここで「やきもち」「ひっつみ」を注文する。「やきもち」はすぐに運ばれてきた。
 この「やきもち」はそば粉をこねてクルミと黒砂糖味噌を入れ包み、半月形にしたものを焼いてある。これは、この地区の昔のおやつ(地元のことばで「こびり」という)で農作業の合間、一服入れる時に食べたものだという。

 一口かじってみる。そば粉だけなので少し周りが固い。歯形のついたやきもちの真ん中から味噌がじわりと出てきた。この「やきもち」に入っている、クルミ味噌は蜜になっているので、半月の中心を押さえると中身の蜜が思いっきり出る。結構甘いから手がベトベトになる。だがとてもおいしい。外のそば粉に味が付いていないから、中身が濃く味付けされている。1個で100円。2・3個食べれば結構ボリュームがあるに違いない。

 次は「ひっつみ」。木の椀を大きくした器に小麦粉を練って延ばし、それを小さくちぎって茹でた物を醤油味のつゆの中に入れ、三つ葉、ネギ、椎茸、鶏肉が入る。簡単に言えば「すいとん」なのだが、地元ではそう呼ぶ。

 「ひっつみ」自体を箸で掬うのは難しい。添えてある小さい木のおたまを使って掬う。一口食べる。寒空の中を走ってきたので、暖かい食事にありつけたためか美味しさが倍増する。三つ葉の香りが食欲をそそる。つゆは薄味で鶏肉のだしがきいている。結構上品な味がする。七味唐辛子を入れるとさらにおいしかったりする。

つゆがおいしいので思わずつゆを飲み干そうとした時、先程入れた唐辛子が喉に引っ掛かった。ゲフゲフとむせてしまう。この時、何をしても駄目。咳き込むだけしかできないのだ。これで飲むのを止めようとは思わない。味を覚えていかなければ『ひっつみ』という料理を食べた意味がない。

 しばらく囲炉裏の炭をぼんやり眺めてた後、伝承園の施設内を覗くことにする。入場するとすぐに蔵の建物が目に止まるが、ここは佐々木喜善記念館である。生家は先ほどの水車のある山口集落にあるが、氏に関する関連資料はここに収められている。これは従来の歴史資料館のようなもので『遠野物語』の原稿、柳田国男に宛てた手紙、喜善の歴史資料などが展示されている。ずっと資料を1字1句読んでいけばなかなか面白いことが発見できる。

 喜善の資料館のすぐ近くには、雪隠(せっちん)、湯殿(ゆどの)がある。雪隠は言わずと知れたトイレ。この園内のトイレの役割もしていて、男女の「雪隠」がそれぞれある。その隣には昔の『雪隠』がリアルに展示してある。こちらは実際に1950年頃まで使っていたものを移築した物だ(実際に使われている男女トイレは改修してあるが…)。

 雪隠に天井から縄が吊るしてある。これは昔のトイレットペーパーの様なもので、この縄で拭くのである。さぞかし痛かっただろう。これは『ふんばる』ときに掴まるものではないそうだ。驚いたことに、その縄の下にはまさにリアルな『モノ』が置いてあるではないか。一瞬、『本物?』と疑ってしまいそうな『モノ』が。誰かが興味本位で用を足したのだろうか? それとも本物に似せたオブジェなのか…謎は深まる。「復刻雪隠」の近くには木の箱に入った木切れがあるが、それも『拭く』ものである。縄も、木切れも捨てずに、肥料として使ったという。昔の人はよく考えたものである。

 雪隠の隣には『湯殿』がある。これはお風呂のこと。熱い湯を直接風呂の中に入れて入った物と思われる。
「雪隠の隣に風呂があるとは気分が悪い」 そんなことを言っている方、ユニットバスはどうなる。昔のひとの方がススンデいるのではないかと思った。

 湯殿の近くには『つるべ井戸』が展示してある。朝顔がこのつるべに巻きついて、隣の家の水を借りたのどかさが出ていると思えば、怪談で『うらめしや〜』と井戸から出てくることもある、あのつるべ井戸である。手こぎポンプはこの後に登場するものだ。今は滑車とつるべの鎖が噛んでいないので使用することはできない。使えればもっと面白いのだが…。

 メインの曲がり家(まがりや)を覗いてみることにする。
 曲がり屋は簡単に言えばL字形の間取りをした家屋で、馬小屋(厩)と人家がドッキングしてある建築方式の家屋だ。東北の南部地域に多いという。昔、この地方は馬と共に生活していたので、厩舎と母家がドッキングした家が考案されたのだろう。展示してある曲がり家は、他の所にあった物を移築したものである。

 まずは、厩の所から入る。中は白熱電球がついているが薄暗い。厩はL字の下の部分相当の所にある。厩のすぐそばには土間がある。土間には土製のかまどがあり、薪というか木炭が燃えている。上に木の大きな蓋があるので開けてみると、湯気がブォーッと上がった。湯が沸かしてあるのだ。かまどの前に座り込んでじっと火を眺めるとなんとも心が和む。そして近くにあった鉄製の挟む物で燃えている薪をかき回す。火の粉が周りに飛散するのと同時に消えかかっていた炎がまた盛んに出てくる。その上煙が私を襲い、かまどの前を去ったときには服がスモークされてしまった。

 部屋の中に入ると、まず目につくのが囲炉裏。なぜか使った様な痕跡がうかがえる…と思って資料を見てみると、ここで「民話を聞く会」をやっているではないか。若い女の子がおばさんを囲んでにこやかそうにしている。囲炉裏には先程の食事処と同様、魚の熏製が吊るしてある。

 囲炉裏の近くに、わらで出来た円形の物が見える。「エジコ」(エズコと訛る場合もある)と言われるもので、昔、農作業中に、ここに赤ちゃんを入れ、歩き出さない様にしていた。今でも使用している家庭もあるとか…。「エジコ」に似たもので、猫を入れるものもある。わざわざ東北のある所から入手して実際に使っている都会の家庭がある。自宅でも猫を飼っているので、1個欲しいのだが、結構高いのだ。

 隣の部屋を見ると「寝屋」と札が立っている。文字のとおり、寝室であるが畳3枚くらいの部屋で、これで家族全員が寝られたのであろうか、と思うくらいに狭い。その上タンス等が部屋を占拠しているので寝るところはイヤでも狭くなる。今のようなふわふわの羽毛布団がある時代ではないのだ。

 部屋をひと通り見たあと、渡り廊下を通っていく。そこには「養蚕の歴史」と銘打って養蚕で実際に使われた器具が展示してある。廊下を通ると、「御蚕神(おしら)様」が土蔵一面に並んでいる。ある娘と馬とが仲良くなって、しまいには「デキて」しまうのだが、その後に続く悲話で有名な「おしらさま」が500体ほど展示されている。中に入ると薄暗い中に赤い灯がライトアップされており、非常に不思議な雰囲気を醸し出している。各体には青や黄、柄物の布が顔が出るように掛けてある。

「○○と一緒になれますように」
「家内安全」
「彼女ができますように」

 いろいろな願いごとが布にマジックで書かれていて、見ていて飽きない。特に先程の「彼女ができますように」の「彼女」の文字が非常に太く書かれていて、その人の願いの強さが私にも伝わってくる。人それぞれの「願い」は一読の価値あり。

 メインの展示物を見たあと、「工芸館」を覗いてみた。ふたりのおばあさんが機を織っていたり、わらで馬を作っていたりしている。その品物が販売されているが、わらの馬や草履などを自分で作ることもできる。去年、ここで馬を作ったことがあるので記憶があるうちに書いておきたいと思う。

 まずはわらを一束。その一部を取り出し、縄をなう。慣れていない人はこれがなかなかきつい。おばあさんを真似てやっても『縄』にはならない。わらを『まとめた』だけのものになる。これは馬の耳と口の部分に使う。
 次に太めの針金を用意。足の部分に使う。
 この馬の構造は前足と首、胴と後ろ足、たてがみ、耳、口から成り立ち、最後に米のついていた部分を尻尾にする。作る途中を書くとややこしくなるのでここでは省略。

 作ってあるものを買うよりも、実際に自分の手で作ってみるとなかなか愛着が湧くもので、私は今でも自宅に飾ってある。これを器用な人なら3、40分、ちょっと器用でない人は1時間経ってもできなくて、結局おばあさんに全部やってもらった、という人もいるとか。

 1個といわずに10個位作って後で高く売るテもあって、この馬を作ると材料費、指導費込みで300円だが、たくさん作って高く売れば元が十分とれる、とYHのペアレントさんが話していたのを思い出した。

 短いながら伝承園を述べたが、書かれている他にも面白いものが発見できると思う。あなたの目で手で、発見してもらいたいと思う。曲がり家に一日ボーッとしているだけでもいい。よほど混雑していない限り誰にも文句は言われまい。ただ、昼寝の場にするのは無理があるかもしれない。


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