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別冊看板 第7集
複合的誘惑の罠〜国民年金啓発看板から〜
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 目的もジャンルも違う看板が隣り合うそのとき、思いもかけない効果をもたらします。まさに既知との遭遇です。

 もし、総合病院の看板の隣に葬儀屋の看板があったら、見る人は
「なんかこの病院、大丈夫かな…」
思うかもしれない。

 「あなたの病気を治療するために、うちではこんな診療していますよ」、と伝えたいのに、あの病院へ行ったら命が縮まってしまうのではないか、というイメージを持たせてしまう。

 このように、複数の広告を並列させることによって、本来の目的と異なるメッセージを発することを「広告の複合的効果」といい、その効果の要因になるものを「複合的要素」という。薬でいえば「副作用」にあたるものなので、病院と葬儀屋のようにマイナス方向のイメージを持ってしまうような広告の並列は避けるのが普通である。

 しかし逆に、複合的効果をうまく利用して自らのメッセージを強化させようとする「戦略」もある。今回はその一例として埼玉県某市の国民年金啓発看板をクローズアップしてみたい。

某駅構内国年

 遠景から撮った写真を無理やり拡大したので画像が乱れていて恐縮。県内を走るJR某線に乗ると、某市にさしかかるあたりでこの年金看板が姿を現す。3人のアイドル風の女性モデルが「あ〜!休んじゃダメダメ・国民年金」とあたかもささやいているかのようにフォントがポップ体だ。

 きっとこの女性たちは、「1999年は兎年だから」というただそれだけの理由で、バニーガールの耳を付けられたのだろう。彼女らの顔から「やっつけ仕事」ということばが連想される。だがこの看板、意外に注目度が高い。乗客を観察してみたところ、10人に1人は年金看板のある付近で視線を後方に追うという行動をすることが分かった。

年金看板自体には、

  • 一見しただけでは何の広告なのかわからない。
  • 明るく強いカラーリング使って、「役所の広報」というイメージをなくしている。
  • アイドル(らしきもの)を起用し、奇抜な格好をさせている。

などの特徴がある。世論調査の結果を見ても、年金なんてできることなら払いたくない人の方が多いから、正攻法で「年金を払いましょう」などという看板を作っても誰も見てくれないし、「ケッ、こんな看板作るカネがあったら他のことに使え!」と野次が飛んでくるのがオチだ。だから、一見して何の看板だか分からないようにするわけだ。すなわち電車の乗客に、「何なんだ、あの看板は?」と好奇心を持たせて、通勤・通学等のたびにリピートして見せるうち、知らず知らずと国民年金の啓発を刷り込もう、という「戦略」なのだ。

 だが、モデルにうさぎの耳を付けたところで注目度はさして高くはならない。看板に目を向けさせるためのモチベーション(動機づけ)がほしい。特に年金を払わない学生や無職の人が興味を持たせるモノはないだろうか? そこで冒頭にふれた「複合的要素」の出番となる。

某駅構内国年2 まずはこの写真に注目していただきたい。写真左上を見ると、ビルの屋上に大きなライオン像がある。奇抜さでは周辺の建物と比較にならない。この像は夜になると緑色の照明でライトアップされるが、ビルそのものはパチンコホールである。
 車内の乗客が車窓を眺めている最中にこのライオン像を目にしたとき、ちょっとしたインパクトを覚えるかもしれない。「見ろよ、ビルの上にライオンがいるぞ…」ライオン像の奇妙さにつられて思わず注目し続ける。だが、それと同時に自ら望んでもいないのに年金看板が視野内のどこかに入ってしまうのである。すなわち、

  1. 走行中の車内からライオン像を見つけそれを追い続ける。
  2. 電車は進行方向へ走り続けているので、視線は進行方向と逆に向かっていく。
  3. その最中でも電車は走り続けるため、ライオン像は次第に遠ざかる。それでも視線は追い続けようとする。
  4. しかし遠近感の関係で焦点が遠くへ向かい、視野が拡大する。
  5. ここでカラーリングの強い年金看板が視野に入ってしまう。
  6. 今度は年金看板に視線を向ける。

という行動がわずか数秒間で起きる。すなわち、他の奇抜なオブジェクトへの好奇心という「動機づけ」と人間の視覚的現象を利用しているわけだ。

某駅構内国年3 一方こちらは、某駅1番線ホーム南寄りに設置されている構内広告看板である。先ほどの大型トタン板とは異なり、アクリル(またはプラスチック)板にプリントされていて、夜間は背後から蛍光燈を当てて照明できる。一見すればごく普通の構内広告だが、ここでも「複合的要素」を見い出すことができる。それが下の写真である。

某駅構内国年4 年金看板の周囲には、パチンコホールオートレース場の看板が設置されている。1個4円のパチンコ玉と同等の価格で景品買取りができる「等価交換」、8車8枠制で配当率が高くなったオートレースはギャンブラーにとっては非常に魅力的だ。彼、彼女らはこれを見ながらふと思うわけである。「『大工の源さん』の確率変動引いたらかなり食えるな」、「8レースあたりに車番連単で穴狙いして来ればデカい」と。ギャンブルの誘惑と欲望に駆られて心が躍り出す。
 各々が餅の絵を描きはじめるその時、出てくるのがこのキャッチコピー「あ〜!休んじゃダメダメ・国民年金」である。この看板のメッセージは何? と聞くまでもない。
「ほれ、3人のお姉さんがバニーガールに扮してささやいてるぞ、パチンコやオートレースに行くカネがあったら年金払えや。パチンコでつぎ込むくらいで払えるぞ。口座振込なんて便利なものもあるぞ」
そういえば先ほどのライオン像があるビルもパチンコ店だった。

 「年金払え」ただただそれを言うために、ここまで手の凝った宣伝をしているのである。収入のない学生に月々年金料を払わせることへの矛盾、将来のためと言いつつも、現在の高齢者の年金料を拠出するために使われていることへの事実はどこ吹く風だ。
 それにしても、パチンコやオートレースに行く人=年金を払っていない、という公式は何とも短絡的といえないだろうか? アイドル(らしき人)をイメージキャラクターに使えば、若い年代の納入率が上がるというのだろうか? さまざまな疑問が頭をよぎる。だが、そこまでしなければ高齢化社会を支えられない現状が背後にあるのは確かだ。そうでなければこのような看板を戦略的に設置するようなことはしないはずである。

取材・調査・撮影1999.5

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