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 気になるテレビCM・ハウス食品「おうちで食べよう」

 宮崎駿がはじめてのCM監督をつとめ、スタジオジブリが制作を手がけたCMについて考えてみました。

6月29日 気になるテレビCM・ハウス食品「おうちで食べよう」

・「商品名やキャッチフレーズの執拗な連呼」
・「耳にまとわりつくCMソング」
・「昼下がりや深夜スポットに機銃掃射のごとく放映される映像」

と、えてして「しつこい」、「くどい」という形容詞で語られることの多いハウス食品のコマーシャルに新風を吹き込もうとしたのかどうか、6月初旬から民放各局で新しいバージョンのCMが流れています。

 その名は「おうちで食べよう」シリーズ。アニメーションを用いたCMで、かの宮崎駿氏が監督をつとめ、スタジオジブリが制作するということでCM放送前から話題になっていました。

 さて、実際に映像を見てみたのですが、何か違和感を覚えずにはいられなくなりました。失礼ながら、身体にこわばりを感じてしまったのです。気になったのは次の2つの点です。

 ひとつはカメラアングルが高いこと。
 親の目線で子供を見つめるような映像にしたかったのだと考えられるのですが、その「まなざし」に「あたたかさ」を感じることができないのです。どこか子供を「監視」あるいは「追尾」しているような印象さえ覚えます。
 「おつかい篇」で後ろから追っていた子供が振り返るシーンを最後に場面展開してしまう部分には、「拉致5秒前」ということばが思わず頭をよぎってしまうような不自然さ、不気味さを感じます。
 子供の表情も今ひとつ、警戒心を持った「まなざし」をしているようにも思えてきます。
 映像全体に「よそよそしさ」があるのです。

 もうひとつは、描かれる「風景」があまりにも美しく、豊か過ぎること。
 映像には玄関先でままごとをする風景、近代建築の風景、石畳の路地裏でゴム跳びをする風景、豆腐屋さんの自転車に群がり買い物をする風景…あらゆる「過去の風景」が描かれているのですが、どれもこれもきれい過ぎるのです。そして豊かなのです。
 ここに描かれているのは充分にモノに満ちあふれている、裕福な都市部の住まいの姿です。

 「誰もが見たことのある幸せを象徴する心象風景を描いています」
(http://www.housefoods.info/ghibli/cm.htmより)
のとおり、あくまでも「心象風景」であることに注目です。時代考証は昭和20〜30年代、こうした風景を現実に見ることのできた人はごく一部で、ほとんどの場合、「心象風景」と現実とのギャップに苦悩しながら生活し、現在に至ったはずです。

 ここ2年ほど、再び「懐古現象」が起きています。ただ、近頃の「懐古現象」は、1980年代初期〜中盤に流行った「レトロブーム」の「古いものを楽しみながら再発見、再評価する視点」とは異なり、「過去に対する過剰な美化と回帰願望」を感じます。いわゆる「プロジェクトX的懐古現象」と呼ばれるものです。

 景気が悪くて、失業率も高くて、近隣諸国との関係も悪くて、犯罪や不祥事ばかりがクローズアップされる現代。1970年代に旧国鉄が掲げたキャッチコピー
  「Discover Japan(ディスカバー ジャパン)――美しい日本と私」
ならぬ
  「Disorder Japan(ディスオーダー ジャパン)――壊れた日本と私」

な状況に置かれたいま、現実を直視するのは確かに辛いことです。混乱した現状を打開しようと動くよりも、自らにとって都合のよかった過去だけつまみ出して顧みては慰めることばかりに社会全体が力を注いでいるようにも思えます。いつからこんなに後ろ向きで、臆病者になってしまったのでしょうか。

 見た目に美しい映像や画像、聞き耳に美しい物語によって過去が表現されると、その世界の居心地のよさに魅了されることがあります。しかしこれらの世界に身を委ね過ぎると、かえって見落とし、聞き落としてしまう過去があることに気づかなければならないと思うわけです。
 映像や画像、そして物語の中で表現されなかったもの、表現できなかったものがあることを少しでも想像してみると、見えてくるものがきっとあると思うのです。

 さて、「おうちで食べよう」シリーズを見てみると、確かに風景は古くて、子供たちも昔の遊びをしています。しかし、それらの風景とそれらを映し出すカメラの間に「越えられない壁」が存在していることに気づきます。
 カメラアングルを「親の目線」とすれば、そのよそよそしさに親子間のとてつもない「断絶」を感じ、「視聴者の目線」とすれば、描かれるところの「美しい過去」に対してわれわれが単なる「見物客」でしかなく、そこにわれわれが戻る場所はないことを悟るわけです。
 懐かしい過去の風景を描きつつ、実は「いま」を描いているCMだと考えられます。

 「おうちで食べよう」、結構なことだと思います。それでは、いくつかの問いを自ら出して、それらの問いについて考えてみたいと思います。

1.いつ頃から「おうちで食べて」いたのか?
2.いつ頃から「おうちで食べ」なくなったのか?
3.どうして「おうちで食べ」なくなったのか?
4.どうしたら「おうちで食べ」られるようになるのか?
5.「おうちで食べる」とどんなメリットがあるのか?
6.「おうちで食べる」とどんなデメリットがあるのか?

 後ろ向きばかりになっていると、答えは見つからなさそうです。

参考サイト

ハウス食品
ハウス・ジブリキャンペーン
CM「おうちで食べよう」シリーズ視聴コーナー

gooアニメ5月28日号

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